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Higashi Ginza Sweet Life

東銀座は今日も魚そして海の潮の香りがしています。
石手寺

松山。

路面電車がゆっくりと走る街。

ホテルのお風呂に掲示されている正岡子規の俳句に、裸の自分が感動している。

松山や 秋より高い 天守閣

松山市内を見守るお城。

 

12月の上旬だというのに蒸し暑い。

みかんが豊かに実る街。温暖な瀬戸内。

上着を脱ぐ。

 

タコ飯を食べたい。

と思い港近くのお店に行く。

しかし、お店は閉まっていた。

おばちゃんが出てくる。

ゴメンね。9月で終わりなのよ。たこがいないのよ。

冬季にタコ飯がないことを知る。

季節と寄り添う松山の街。

食に季節感がなくなりつつある最近に、逆に新鮮な気分になった。

 

わざわざ来てくれたのにごめんね。

おばちゃん、美味しいところあったら教えて。

まっすぐあの道をいったら、魚を出すお店があるよ。

美味しいよ。

 

そのお店に行く。

宇和島風の鯛めしを出している。

もちろん注文をする。

卵とタレを混ぜ、鯛を入れ、茶碗のご飯にぶっかける。

漁師の賄い飯。

大人の味。

 

松山市内を路面電車と並走する。

車は瞬く間に路面電車を追い抜いていく。

石手寺へ。

参道が長く、その先に黒猫が居る。

お店の人と会話をしている。

何を話しているのだろう。

 

 

石手寺は一言で言えば、カオスな場所であった。

いろんな願い、重いが溢れかえっている場所。

それが言葉だったり、看板だったり、地蔵さんだったり。

 

奥の院は山の向こう側。

そこまでには隧道を通っていく。

地面には水が浮いている。

ここは涼しい。否、涼しいというより、寒い。

身体の芯に浸みるような寒さ。寒気。

魂が体から宙ぶらりんになっていくかのような錯覚。

地蔵さんが隧道の真ん中で連なっている。道しるべのようだ。

それなりに長い。

 

隧道の向こう側の光がやっと見える。

通り抜けた道の向こう側に、門があり、参道は枯れ葉に埋もれている。

無国籍感がある金色の納骨堂。

その両脇には夥しい数の羅漢像。

 

そろそろ移動をしなければいけない。

もう一度隧道を戻る。

隧道を向けると落書きが壁にされているお堂がある。

その数も夥しい。

 

一行の中の一人が、私たちに問いかける。

誰もあの隧道で走っていないですよね。

ええ。

ゆっくりと歩いていました。

駆け足の音が聞こえたんですよ。

 

ただただ唸るしかない私たち。

 

一匹の猫がお堂にいる。

私たちが近付くと、逃げようとしたが、その前にお堂の柱が眼に入り、

彼はついつい爪とぎを、パニックになりながらやっていた。

その姿が愛くるしい。

柱をみたら、爪痕がいたるところに残っていた。

 

いろんなものが混在する石手寺。

いろいろな思い。

それが身に染みていく。

 

| | 17:37 | comments(0) | - |
小雨の飯香岡八幡宮

秋の口。

小雨が降る八幡宮。

人気が少ない。

秋の祭りが終わった後。

 

近くに住んでいたのに、行っていなかった場所。

周りを見渡せば、きっとまだまだ行っていないいい場所があるはず。

 

 

本堂は歴史を感じさせる、いい面構え。

鳥居がある参道から見れば、もっといい風景。

「奥」を感じさせる。その「奥」を感じさせるのが日本的。

 

天気予報では、巨大な台風が上陸することを伝えている。

多くの列車が運転を取りやめることを決めている。

最近まで聞いたことがなかった計画運休という言葉。

 

祈ろう。

| | 23:25 | comments(0) | - |
大前神社で出会った 島村圓鉄

 

金運が上がると一般的に言われているらしい真岡、大前神社。

 

川沿いの長い参道を歩いて、敷地の前の鳥居をくぐると本殿の向拝の龍が眼に入った。

その存在感たるや、凄まじい。

邪悪なものを入れさせない、確固たる意志を感じさせる。

宝くじがあたりますように。というような甚だ他力本願の祈念は浅はかである。

と、この龍に突き返されるような気がする。

 

まさか、真岡の大前神社で、島村圓鉄と出会うとは思わなかった。

思いもしなかったものと出会った。得した気分になった。

行っただけで、幸せになった。

 

| | 17:40 | comments(0) | - |
女化

 

女化神社の鳥居から

龍が昇る

 

お盆に帰ってきた彼が

遠くに帰る

 

 

 

| | 21:53 | comments(0) | - |
横須賀の伊八 東福寺

ペリーが来た浦賀の街。

その小高い山にある西叶神社。

あいにく本殿は修繕中。

修繕が終わったらお参りにまた来よう。

 

その横にある東福寺。

そこの観音堂にある龍。

それが伊八の作品と言われている。

 

 

コンクリートの建物にある龍は興ざめではあるが、

龍が残されているのは有難いこと。

建て替えのときに、彫り物だけは残すという判断があったのだろう。

 

夏の暑さで霞んだ海の向こう側には房総半島がうっすらと見える。

伊八はおそらく、房総半島の金谷から船で渡ってきたのだろう。

彼の彫る波と龍の素晴らしさが伝わってこの地に呼ばれたのだろうか。

 

 

伊八もこの本堂に来て、泊まって、飯を食べて、仕事に精を出したのだろう。

房総の浪を思い出しながら。

| | 23:48 | comments(0) | - |
ビルの上の神社

東京のど真ん中のビルの屋上に鎮座する神社。

20年ぶりにお参り。

 

 

 

| | 21:55 | comments(0) | - |
北海道 道南紀行3 

夏至の頃。

夜明けが早い。

カーテン越しに日が差し込んでいる。

時計の針は4時を指している。

カーテンを開けると、そこには神秘的な風景が広がっていた。

浮き出ている洞爺湖の中島。

湖面を這う様に鎮座する雲。

静かなこの世の夜明け。

 

 

羊蹄山もその先に鎮座している。

 

 

寝ていた父と母を起こし、みんなで見とれる。

太陽は刻一刻と上がっていき、色彩もそれに伴って変化をしていく。

 

また睡魔が襲ってきて、二度寝をしてしまった。

起きたのは8時過ぎ。

遅い朝食をとったあとに、出発。

 

太陽はもうすでに高い位置にあり、遠い風景は霞んできた。

 

 

北海道ならではの景色。

しばらく車を止めてみていたかった。

 

昭和新山へ。

赤茶けた山肌が減り、緑が増えた。

当時の昭和新山の荒々しい姿はそこにはなく、落ち着いた山になっていた。

時の流れを感じさせる景色。

 

 

駐車場の前のお店もシャッターを閉めているところが目立った。

当時は活気があった記憶がある。

駐車場を管理している人がいう。

後継者がいないなどの問題があるようです。

ここにも高齢化社会の波は押し寄せている。

 

 

 

父は当初、あまりロープウェイに乗る気はなかったが、

昭和新山の姿を見て、登る気になったのか、ロープウェイに乗ることにする

 

有珠山が噴火したのは1977年。

その前の年に、家族で有珠山に登って山頂を時間をかけて一周した記憶がある。

当時は山頂の火口に大きな沼、銀沼があり、そこでは作物が栽培されていた。

いまはただの火口になっていた。

 

 

室蘭方面を見る。

すでに温度があがり、空気が霞んできてよく見えない。

駒ケ岳もうっすらとしか見えなかった。

 

 

 

 

下山をしたあと洞爺湖芸術館へ行く。

砂澤ビッキの彫刻と、デイビットミドルトンの洞爺湖の様々な姿が映し出されている写真を見る。

落ち着いたいい場所だった。

父が、このあたりは昔からカルチャーが根付いていた気がするなあ。

なんかそんな雰囲気があった。と言う。

洞爺湖の写真を撮り続ける人生というのもいいだろう。

木に自分の思いをゆだね、彫刻刀でその思いを形にする人生というのもいいだろう。

 

芸術館をあとにしたあと、羊蹄山、恵庭岳を見ながら、留寿都、喜茂別を抜けて支笏湖へ向かう。

喜茂別を通り過ぎた後、睡魔が襲ってきた。

休憩をしたいがなかなか休める場所がない。

後部座席に座っている母はシートにもたれて熟睡をしている。

大滝のきのこ王国でようやく休みをとる。

多くのお客さんが来ている。休憩をとる場所がこの周辺ではここしかないのだろう。

きのこ汁ときのこの炊き込みご飯をいただく。

大滝が伊達市であることもびっくりした。平成の合併の際にそうなったのだろう。

 

支笏湖へ到着。

強風が吹いている。天気も薄曇り。

この風は樽前山からか、風不死岳からか。はたまた恵庭岳からか。

波も高く、スワンも休止している。

 

 

 

幼いころに父と何回か冬の凍結する時期にワカサギ釣りに来た記憶がある。

そろそろ札幌に出よう。

車は次第に街に入っていく。

豊平川を沿って走る。

道端にルピナスという花が咲いている。

綺麗に育てている人がいるのだろう。

 

ホテルに入り、母は旧友と会いに、父と私は居酒屋に入って食事をした。

日本酒を飲み饒舌になる父。

今度は父が幼少期に過ごした鹿児島に行こう。

 

明日は父と母は秋田へ。私は東京へ。

別のスーパー北斗、北海道新幹線に乗る。

お互い気を付けて。

 

40年ぶりの北海道、道南の旅が終わった。

 

 

| | 17:50 | comments(0) | - |
北海道 道南紀行2

翌朝。

天気が良くなった。

純粋に嬉しい。

 

父が近くの神社に行こうと言う。

私が七五三で来た場所だとのこと。

中島神社。

 

 

 

私の記憶。

祈祷をしてもらった記憶はない。

ただ、社殿から境内を見た記憶がある。

それは記憶なのか?

はたまた写真を見て、あとからインプットされた記憶なのか?

いずれにしても古い話しであることは間違いない。

 

中島というエリアは、住んでいた頃は栄えていて飲み屋だらけだった。

毎日飲んでいたもんだ。

私は長崎屋ができたことは覚えている。

オープニングセレモニーが盛大に行われていた。

街が元気だったころ。

今も長崎屋はあった。

ちょっとほっとした。

 

海に行こう。

イタンキ浜へ。

 

 

砂浜が鳴く。

鳴き砂で有名だが、この日の浜は鳴かなかった。

昨日の雨で水分を多く含んでいたからかもしれない。

 

ここから地球岬の方へ行こう。

山の上を走る細い観光道路。

そこからは室蘭の街、工場がよく見えた。

 

 

街の音が聞こえてきた。

構内のサイレン。

遠くから聞こえる踏切。

2両編成の列車がゆっくりと走ってくる。

 

 

ひとりのご老人が座って街を見ている。

遠い思い出を思い出しているかのような遠い眼をしている。

鉄鋼所のOBなのだろうか。

 

車をゆっくりと走らせる。

しばらくすると景勝地に出た。

街の外側。

 

 

トッカリショ。

隆起した地層。

尖がった岩。

雄大な太平洋。

人間が矮小な存在であることを認識する。

それぐらい雄大で美しい景色。

幼いころにも来ていたのだろうが、覚えていない。

幼いころに思ったことを、感じてみたい。

しかし、それはもうできない。

 

 

地球岬へ。

噴火湾越しの亀田半島が見える。

先に見えるのは恵山岬なのだろうか。

もちろん駒ケ岳は大きく見えた。

 

 

初夏の緑が美しい。

街の外側には、室蘭の別の姿があるのだ。

 

 

一匹の猫が居た。

おい、元気かい?
一瞬振り向いたが、すぐに藪の中に向かって歩いていった。

何をしにいったのだろうか?

 

測量山へ。

幼少の頃に遠足で来た記憶がある。

こんなに山頂は狭かったのか。

室蘭岳は雲を被り、その全貌は見えない。

 

 

雑草が多くはえていた。

なんとなく寂しい気分になった。

 

母恋駅へ。

 

いい名前の駅。

 

 

ここは地球岬描かれている硬券の入場券が販売されていた。

もちろん購入。

地球岬、母恋。

恐らくアイヌの言葉が土台になっているのだろうが、いい言葉の響きがある。

母なる大地の地球。

 

 

伊達方面へ。

高台の白鳥台の入り口あたりにあって、よく食べに行っていたレストランしま、ミュンヘン

(確かこのような名前だった気がする記憶が確かであれば。父と母は名前を忘れていた)

という外食レストランはなくなっていた。

そこで食べたナポリタンの味が今も忘れられない。

いつもナポリタンを食べていた。

 

展望台ができていて登ってみたが、木々が生い茂っていてうまく室蘭市街が見えなかった。

雑草と木。植物の生命力の強さを感じるとともに、人が減るとその分、雑草が生い茂っていく

相関関係がみえた。

 

伊達市の石川町へ。

ここには小川があって、カジカを釣った。

岩をどかすと、そこにはカジカが群れていて、手でつかむことができた。

石川町は平地にあり、高台に挟まれている。

幼少期に見た秋の紅葉が目に焼き付いて離れない。

父と二人で歩いていて、その紅葉まるで絵画のようにそこにあった。

油絵で赤、黄、紫、桃、緑、そのような色を塗りつけた様相。

地球がキャンバスになっていて、そこに誰かが乱雑に塗り付けた。

燃える秋という言葉は当時は知らなかったが、まさに今から思えば燃えていた。

秋に再訪してその紅葉を見てみたい。

いまでも燃えているのだろうか。

 

黄金駅へ。

無人駅の小さいな駅。

砂利がホームにある。

もしかしたら有珠山の火山灰なのかもしれない。

 

一本線路がなくなっている。

ここで優等列車の通過待ちをする必要性がなくなったということなのだろう。

 

 

海がすぐ目の前にある。

待合室には、人探しの貼り紙。

35歳の男性がいなくなっている。

日本には一体何人の人の行方が分からなくなっているのだろうか。

残された人たちの思い。

どれだけの思いが積み重なっているのか。

 

ただただ、流れていく月日。

室蘭市内で掲出されていた女子高校生の行方不明事件のポスター。

その事件も長い時間、解決していない。

 

なぜ?

なにが?

真実はどこにあるのか。

 

 

しばらくいろんなことを考えていたら踏切が鳴り始めた。

轟音のうなりをあげて貨物列車が通過していった。

 

 

伊達に向かう。

広大な牧場、畑がよく見える。

伊達は野菜と、豚で売り出していることを知る。

 

国道沿いには東京でもよく見るチェーン店のお店が連なっている。

 

伊達の開拓記念館。

このあたりは整備をされていて、だて歴史の杜という文化的施設があった。

父と母曰く、ここあたりには昔よく遊びに来ていた。

とのこと。

私が覚えているのはうっそうとした木々。

リスが多くいて、妹が喜んでいたことを母は言う。

そのリスはまだいるみたいで、道路を渡るリスに注意を、という看板が立てられている。

 

遅い昼食をわかさいもが運営している海鮮鮨屋へ行き食べたのち、

父の同僚がゴルフから帰ってきたとの連絡があり、白鳥台へ向かう。

 

昔住んでいたアパート。

毎晩大人たちが集まって宴会をしていたアパート。

子どもたちも元気に遊んでいたアパート。

 

そこはただの更地になっていた。

雑草を駆除している人たちがいた。

年に一回、雑草を駆除しているらしい。

 

近くを巡ってみる。

雑草と木の背が高くなっていて、植物だけが元気になっていた。

細い道は見通しが悪く、ゆっくりと走らないと危ない。

有珠山も見えたはずだが全く見えない。

近くの古くからあるアパートも、人気が少なくひっそりとしている。

 

本室蘭小学校は閉鎖されていて木がガラス窓に打ち付けられていた。

ここも雑草がはえている。

その近くのバス停。

昔はここもすさまじい本数のバスが市街にでていた。

特急と普通があった記憶がある。

何個もバス停を通過する特急に乗るのが好きだった。

車を降りて時刻表を見ると、本数が激減していた。

 

父の同僚は元気だった。

まあ、ビールでも。

父とその人はビールを飲む。

あの頃は毎晩吞んでいたもんねえ。

あの人はどうなった。

お酒で体を壊して亡くなっていた人が多かった。

歳で、体調を壊していた人も。

音信が途絶えた人が少ないことがせめてもの救いだった。

 

奥さんが最近、車とエゾシカがぶつかり車が全損した話しも。

衝撃が激しかった。シカは雌で亡くなってしまった。

まさか私がぶつかるとは思わなかったわ。

北海道らしいエピソード。とにかく無事でよかった。

 

夏至は昨日だった。日が長い。

5時過ぎだが、まだ太陽は高い位置に居る。

海へ。

よくここにチカと呼ばれる魚を釣りにきたものだ。

 

今でも釣れるのだろうか?

釣り人はいなかった。

 

 

当時はなかった白鳥大橋。

 

 

駒ケ岳。

 

もう少しすると宮古からくるフェリーが入港するはず。

と母が言う。

遠くを見てみるが、フェリーらしい姿は見えない。

 

貨物線の跡地があり、そこに薄汚れた列車たちが放置されていた。

撤去をするにも費用がかかるのかもしれず、そのためにそのまま置かれているのかもしれない。

 

 

 

 

室蘭の地名発祥の坂へ。

崎守というところにあった。

この近くに南部藩の出先機関もあったとのこと。

 

 

踏切が鳴る音がする。

列車が来るのだろう。

 

 

二両編成の列車が崎守を発車した。

この駅も無人駅。

私が居た頃から無人駅だった。

当時この駅で事故があった。

学生が駅のホーム待ち合わせをして、先に到着をした人が後から来た友人を驚かそうと

ホームから線路に降りて隠れていたら列車に轢かれてしまったという事故だった。

悲しい出来事だったので、よく覚えている。

 

そろそろ、この日の宿泊先の洞爺湖へ向かおう。

車を走らせる。

奥さんがさっき話していたエゾシカとぶつかったのはこの国道だ。

注意をしていても突然横から飛び出して来たら避けようがない。

 

踏切がなっている。

列車がくる。

車を止めて写真を撮ることにする。

1両編成の列車がコトコトと、長万部方面からやってきた。

有珠山と昭和新山も背景に見える。

 

 

途中、有珠駅へ。こちらも無人駅。

駅前はさびれていて、お土産物屋さんはシャッターを下ろしている。

その錆びついた具合を見ると、シャッターを閉ざしてから多くの時間が流れているのだろう。

駅舎に高速で通過をする列車の時間が乗っている。

冬は列車から氷の塊などが落ちるらしく、列車が通過をするときは駅舎で待機をしてほしいという

案内になっている。

 

 

西日を浴びて、スーパー北斗が通過をしていった。

思いのほか多くのお客さんが乗っていた。

明後日はあれに乗るんだよ。と父が母に言う。

 

 

日が沈んでからホテルに到着をした。

部屋から洞爺湖と羊蹄山が良く見えた。

夕暮れ時の雲を被った羊蹄山の姿が美しかった。

 

 

 

 

 

 

| | 20:59 | comments(0) | - |
北海道 道南紀行1

物心ついてから小学3年生まで住んでいた室蘭に行くことにした。

 

去年まで父は毎日東京まで出社をしていたが今年から在宅勤務になった。

後期高齢者の初心者の年齢で、社会から請われているのに驚く。

父の仕事の詳細は専門的過ぎて私にはよくわからない。

在宅勤務になったことで時間ができた。

相変わらず口数が多い母と3人で出かけることにした。

 

バニラエアの成田、新千歳便。

第三ターミナルは遠いが歩けない距離ではない。

 

床に陸上競技のようなコースがペイントされていて楽しい。

第二ターミナルからこのコースを歩いていくと必然的に辿り着く。

 

 

 

フードコートも賑わっている。

待ち時間をお金をかけずに楽しめそうだ。

 

早々にチェックインをして搭乗口へ。

 

 

 

売り場がガチャガチャと自動販売機なのがLCCらしくていい。

 

出発する機材の到着が遅れた様子で、搭乗が30分程度遅れた。

これもLCCなので文句を言う人はだれ一人いない。

飛ばないことがなければ問題はない。

急ぐ旅でもない。

 

約20分ほどの遅れで搭乗。新千歳の到着はそれほど遅れずに到着。

早速昼飯を食べることにする。

レストラン街へ。多くの人で賑わっている。

 

 

やはり北海道らしいものを食べよう。

毛ガニとイクラの丼を食す。

 

 

室蘭に住んでいた頃に毛ガニをよく食べた記憶がある。

味覚の記憶も辿る。

父曰く、伊達の黄金のあたりで毛ガニをよく買って、小さい毛ガニもおまけでつけてくれたものだ。

今はどうなのだろうか。

 

食事をした後、人付き合いが多い母がお土産をまず購入する。

どうやら北海道に来る直前に近くのショッピングセンターで北海道物産展をやっていたらしく、

なんとなく悔しいわあ。有難みがなくなるわあ。

と言っていた。その気持ちも分からないではない。

これも昔よく食べたわかさいもなどを購入して、宅急便の手配をする。

 

マイクロバスに乗り、国道沿いの駐車場がやっているレンタカー屋へ。

日産のノートの新車。まだ新車特有の匂いがする。

天気はあいにくの雨。

その中をまずは白老へ。

雨雲のせいで樽前山が見えない。残念。

よく樽前ハイランドに行ってゴーカートに乗ったっけ。

よくコースの途中でエンコしていた記憶がかすかにある。

 

高速道路に乗る。

父が若かった頃はまだ高速道路はなかった。

あの頃と比較するとあっという間に白老に到着する。

 

子どもの頃に見た白老は、特別な街だった。

アイヌの人たちが集まっていた場所があり、

その場所を初めて見たときには衝撃があった。

ポロトコタンだ。

 

なぜ、この人たちはこのような格好をしているのだろうか?

 

お店の前で、佇む人たち。

行き交う人たちを睨んでいる。

そんな気がした。

軒先に置かれている彫刻。

スピーカーから流れてくるムックリの音。

 

それも、この世とは別の異次元の空気を醸し出していた。

別世界。

それは幼い私にとっては、いろんな疑問符を投げかけた。

なぜ?

どうして?

 

 

そのエリアに行くが、残念ながら閉鎖されていた。

どうやら国立の博物館ができるらしく、その工事をしていて、多くの大型トラックが

出入りをしていた。

 

 

白老の駅近くの観光案内所へ。

雨が強くなってきた。

 

昔あった、アイヌの村はもうないんですか?

工事中でないのです。

あそこで売られていた民芸品はどこで売られているのですか?

実は、売られていなくて皆さん困っているのです。

ここでも売ろうと検討しているのですが。。。

そういうことがあったとは、知らなかった。

 

 

小さい佇まいの白老駅へ。

高校生たちが、駅に入っていく。

ちょうど下校時間なのだろう。

電車を駅舎で待っている。

苫小牧方面と登別、室蘭方面へ行く電車。

どっちに帰る人が多いのだろうか。

 

 

国道で登別方面へ。

昔はこの国道沿いはアイヌの民芸品売り場だらけだったなあ。

今はほとんどそのようなお店がない。

閉じられているか、お店自体が姿を消しているか。

雨が降り続けているから、寂しさが倍増する。

 

日本製紙の白老工場が見えてきた。

昔はこの場所を通ったときには、車の窓を閉めていても工場の匂いがしてきたものだった。

今回は気づかなかった。

虎杖浜を通過する。

昔はお城みたいなホテルに泊まったなあ。

何という名前やったかなあ。

父も母も忘れている。

 

 

登別に到着。

地獄谷へ。

 

 

小雨になったきた。

昔と比較すると硫黄の匂いも減ったし、白煙も減ったような気がする。

もっと近くで見れた気がするなあ。

 

40年の月日が流れている。

変っていてもおかしくはない。

いや、むしろ変わっていないとおかしいだろう。

 

クマ牧場はもう閉まる時間。

今回は残念ながら行けない。

 

クマが餌をねだる姿があまりにも滑稽だったので、よく覚えている。

寝ころびながら餌をねだる。

 

さあ、室蘭へ行こう。

 

夕方5時すぎ。

室蘭から登別方面へ向かう車の量が多くなってきた。

工場から帰る人たちだろうか。

 

車を走らせる。

室蘭の市街地には、バイパスができていて、東室蘭近くから室蘭までが近くなっていた。

まずは室蘭駅へ。

新しい駅は、モダンな建物となっていた。

そして場所も変わっていた。

もしかしたら一緒なのかもしれない。周りの風景が一変していた。

そう、駅前の賑わいがなくなっていた。

 

 

 

次の列車は特急の札幌行き。

ここは電車とディーゼルが同居する。

登別、苫小牧方面は電車。

伊達紋別、長万部方面はディーゼル車。

もちろん私たちが住んでいた頃は、電化はされていなかったし、

駅舎もこれほどモダンではなかった。

 

古い駅舎は観光案内所として保存されていた。

 

 

昔は本当に古さだけが目立った駅だったよねえ。

そもそも列車を使うことはなかったしねえ。

 

 

観光案内所は私たちしか居なかった。

 

 

今はない幌別行き。

昔は幌別から室蘭に列車を使って通勤、通学をしていた人が多かったのだろう。

 

市内へ。

昔の繁華街。

そこはシャッター街になっていた。

 

 

 

日曜日はここに来て買い物をした。

父が当時持っていたホンダの軽自動車LIFEで。

 

昔は駐車場所を探すのに苦労をした。

いったりきたりしたものだ。

 

丸井今井はどこにあったのだろう。

お中元とかお歳暮とかを送れる唯一のデパートだった。

 

そろそろホテルに入ろう。

ホテルは東室蘭駅の近くにある。

東室蘭駅も変わっていた。

 

 

 

 

昔はこの駅も大きく見えた。

ホームには多くの列車が停車していたイメージがある。

 

父の転勤。

それに伴い家族も引っ越した。

ここの駅から東京へ行った。

父の同僚、その家族が見送りに来てくれた。

ホームに流れる蛍の光。

バンザイバンザイ

札幌行きのディーゼルがうなりをあげる。

千歳まで行って飛行機に乗った。

羽田からモノレールに乗り浜松町で国電に乗り換えた。

ホームに同じ方向を並行して入線してくる山手線と京浜東北線を見て驚いた。

そして東京の人の多さに驚いた。

そのことを思い出した。

 

駅のコンビニエンスストアへ。

 

 

 

室蘭ならではデザイン。

面白い。

 

ホテルへ行き、小休憩をし、その後、

夕食はホテルの近くの居酒屋にした。

名前もいざかや。

住魚家。で、いざかやと読む。

 

そこで父と母と語らいながらゆっくりと食す。

 

アスパラがあるから食べますか?

お店の人がくれる。

 

 

マヨネーズでいただく。

美味しい。

 

昔はよく食べたものだよ。

みんながよくくれた。

 

 

室蘭焼き鳥。

実は豚。

父がうまいうまいと呟く。

久しぶりに食べると美味しいなあ。

 

 

 

初日の夜が更けた。

明日はいろいろと回ろう。

おやすみなさい。

 

 

| | 22:55 | comments(0) | - |
富山

台湾から帰ってきた次の日、富山へ。

東京から新幹線で向かう。

かがやきに乗ると、上野、大宮、長野、富山の順番で停車する。

 

目的地までは富山からはタクシーをつかう。

神通川の上を、飛行機が降下していく。

富山空港は河川敷にあるんですわ。

なるほど知らなかった。

 

雨が降り始めた。

しとしとと。

どうせ出張できたならば、せめて立山連峰を見たい。

 

あんまりくっきりと立山が見えることって少ないんですよ。

年に数回ある程度ですよ。

運転手さんが教えてくれる。

確かに前回出張で来たときもくっきりとは見えなかった。

 

蜃気楼はどうですか?

ほとんど見えないね。

今の時期だけどねえ。

なるほど知らなかった。

まだまだ、知らないことばかり。

 

打ち合わせが長引き、お弁当をとって食べることになる。

自然と富山の話しになる。

なぜ、富山は魚が美味しいのか?

富山湾が深海で水槽のようになっているから。

ところで、水深何メートルなのだろう?

さあねぇ。

いつも富山の人はしらないねぇ。

 

その場でスマホで調べる。

約1000メートル。

だから美味しいのだろうねぇ。

 

前回富山にきたときに食べた、ぶりしゃぶは美味しかった。

でも地元の人はぶりしゃぶは食べないと言う。

そんなもん食べたことないわ。

もったない。

 

イワシが最高に美味しいですよ。ふるえるくらい。

魚を食べてふるえることはなかなかない経験です。

食べてみたい。

そしてふるえてみたい。

この歳になると、感動する味というものが少なくなっていく。

鈍感になったからか、未知の体験が減ったからか。

 

打ち合わせを終えたあと、駅ナカの回転ずしで寿司をつまむ。

キトキト。

こちらの言葉で新鮮という意味らしい。

 

雨はまだ降っている。

降っていなければ高岡にでも出向いて、高岡大仏を見に行こうと思っていたが。

いつか行こう。

 

 

ホタルイカ。

味が浸みこんでいる。

 

 

のどくろの炙り。コリコリしている。

 

お昼の弁当を食べてからそれほど時間が経っていないのに、食べたいという欲求がわき出てくる。

 

そろそろ東京に戻ろう。

 

最後に、プリンソフトをいただく。

新幹線の時間が近づいてきていた。

早々に食べてホームにあがらなければ。。。

 

 

急いで食べ終えて、ホームへ。

あれあれ。

知人が指をさしたその方向に、

立山連峰がホームの端から見えた。

 

新幹線に乗りこんだあと、しばらく窓の外を眺め続け、

そして写真を撮りつづけた。

 

 

いつか、くっきりとした立山連峰を見てみたい。

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