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Higashi Ginza Sweet Life

東銀座は今日も魚そして海の潮の香りがしています。
4月30日 日曜日

小春日和というより、初夏の日差し。

夏はもうすぐそこにある。

 

車を出して、都内まで。

ゴールデンウィークの中日ということもあって、都心に向かうときも、都内を走っている

ときも、ともに道は空いている。

 

靖国神社へ。

ここに来るのは、現在関西で施設に入っている祖母と一緒に小学生時代に来て以来かもしれない。

その頃祖母も関西に住んでいて、わざわざ東京まで来たはずで、祖母のたって願いで靖国神社に来たはず。

その時も、遊就館があって、祖母と一緒に観覧した記憶がある。

若くして亡くなった戦神の遺書を見て、子供ながらに痛ましく、またその時代の酷さを感じた。

 

銀杏並木の参道を歩く。

抜けた空に映える道。

 

 

壮大な鳥居と神門。

 

 

 

遊就館へ。

重厚なSLが展示されている。

 

 

遊就館所蔵「甲冑武具展 ― 戦国時代-江戸時代 ―」が開催されていた。

 

 

秀吉が好んだという、黒漆塗兎耳形兜鉢

兎は足が速いという縁起からできたもの。

 

 

安土桃山時代の甲冑。

よく当時ものがいまの世に残っているものだ。

それだけで関心をする。

 

 

常設展には、多くの靖国の神々が祀られている。

小学生の時に見たときのおどろおどろしさは無くなっていた。

戦時から月日が流れたからか。

若い人たちの勇ましい顔。

ふとその人の亡くなった場所を読めば、インドネシアの文字が。

私が去年の9月まで居たあの地でも多くの人が亡くなっている事実、そのこと噛みしめる。

あの地で見た、ジャワの島の海に向かって設置されていた錆びついた砲台、日本軍によって

作られた湿っぽく淀み、蝙蝠が住み着いていた洞窟。そこに多くの日本人が戦争という有事に居て

活動をしていた。

 

遊就館を出れば、相変わらず澄んだ青い空があって、そこは穏やかな休日があった。

 

その後、昭和館に行き、高橋春人のポスターを見る。

 

 

時代を映すポスター。

戦前は国威発揚の内容、そして焦土と化した東京のスケッチを描いてまわり、

戦後は復興へ向けた助け合い、日本赤十字の共同募金、

そしてスポーツの祭典パラリンピックへ。

時代が平和になっていくことがよく分かる。

 

その後、青山スパイラルへライゾマ10。

ライゾマの10周年企画展。

 

 

 

表参道を少しばかり歩く。

 

 

 

 

車が少ない東京はどこかゆとりを感じさせる。

 

表参道ヒルズで、写真家・奥山由之による写真展「君の住む街」。

女の子たちが淡い景色のなかで、淡く居る。

 

 

 

 

 

 

展覧会会場にコンビニを模したショップがあって、そこはこの写真展のカタログだけが

販売されていた。

店員さんもコンビニのようなユニフォームを着ている。

面白い。

 

同潤会アパートもなくなって、

学生の頃にちょっとだけたずさったシャンゼリゼ会の事務局の女の人も亡くなって、

でも街は変わらずにあり、人も居る。

気がつけば自分が歳を重ね、笑顔で表参道を闊歩する若い子たちを見て、

人は入れ替わっていくということを認識する。

 

| 日常 | 16:44 | comments(0) | - |
本のメモ 永井荷風 つゆのあとさき

1931年、昭和6年の作品。

昭和6年。

今より小さい東京で、都電が縦横無尽に走り、そして小さい町名、坂の名前が多くででくる。

市ヶ谷本村町、四谷左門町、赤坂一ツ木、塩町、三番町、尾張町、荒木町、富士見町、小石川諏訪町、新見附、木挽町。

世田谷勝昌寺の近くに茶畑があり、まだ郊外だった頃。

 

カフェの女給が闊歩する銀座の町。

時代の空気。

 

銀座通りが、

震災後も日に日に変わっていく今日の光景とを比較すると、唯夢のようだというより外はない。

西洋文明を模倣した都市の光景もここに至れば驚異の極、何となく一種の悲哀を催さしめる。

この悲哀は街区のさまよりむしろここに生活する女給の境遇について、更に一層痛切に感じられる。

 

自由な空気と悲哀が同居している入梅した頃の若い東京。

40代ですでに歳をとっている時代。

 

 

| | 08:14 | comments(0) | - |
本のメモ 百田尚樹 海賊とよばれた男

宴会の席でベトナムから日本に一時帰国をした人間が、やっぱり読むべきですよ

と言われて、読むことにした本。

仙僂粒┐鮟亳美術館に行ってみた時のことを思いだした。

 

その絵を観たときの驚きというものは無かった。

指月布袋画賛。

月は悟り、それを指す指は経典。

 

堪忍柳画賛

気に入らぬ風もあろう柳かな

 

うらめしや わがかくれ家は雪隠か 来る人ごとに紙おいていく

 

 

 

俯仰天地に愧じない行動をとり続けた主人公の鐵蔵。

その信念は日本という国をよくしようという大局観を持った視点。

 

1853年、ペリーが来航をして通商条約を要求したのは捕鯨船の補給基地が欲しかったから。

ランプの燃料は当時は鯨油を使用していた。

ドレイク大佐が油田を掘り当てたのは1859年。

もしドレイク大佐が油田を発見するのが早ければ、ペリーは来航しなかったかもしれない。

そうなれば明治維新はどのような形になっていたのか想像がつかない。

まさに石油の一滴は血の一滴。

石油が日本にあれば大戦の結果も変わっていたはず。

 

| | 17:46 | comments(0) | - |
本のメモ 指南役 テレビは余命7年

・徹子の部屋が色あせないのは疑似生放送だから。

大橋巨泉のクイズダービーも一緒。

・深夜番組が増えるにつれ、制作会社が急増した。80年代末から。

・CM前の「フリ」、90年代初頭に日本テレビが発明したもの。

広告代理店から転職した人材が生み出した。

・なぜテレビ誌を買わなくなったのか?単純な話、連ドラを見なくなったから。

・実はテレビを世界に先駆けて発明したのは日本。1926年、大正15年

・1940年。昭和15年には街頭テレビは存在した。

・作り手に志があれば、必ずやその思いは視聴者に伝わる。

 

・幕末をペリーの黒船来航を起点とすると、

井伊直弼が暗殺されたのは7年後、15代将軍が大政奉還したのが14年後。

地デジの7年後、2018年にテレビの威信を失墜させるなにかが起き、2025年後にまた

何かが起きるのではないか。

| | 20:00 | comments(0) | - |
本のメモ 内田樹 小田嶋隆 平川克美 街場の五輪論

日本の良識のお三方。

 

・日本が現在の国際社会から高い評価を受けているびは戦争をしないできたから。

・唯一無二の国是が経済発展であり、全ての社会制度は、教育も医療も福祉も、

すべて経済発展に資するかどうかだけを基準にして良否を判断する。

東京オリンピック招致もそういう流れの中での出来事だと思う。

・オバケのQ太郎とかおそ松くんとか60年代の漫画だと、必ず空き地に土管がある

・韓国がイミョンパク大統領のときに、同一労働最低賃金をルール化したり、

大学の低学歴、低学力労働者を作り出す。人件費のコストを極限まで切り下げる。

格差は拡大、教育現場は混乱する、自殺がすごい勢いが増える。

いいのは一部の大企業だけ。

・日本の場合は「国破れて山河あり」

豊かな自然資源、森と水と肥沃な大地は残る。温帯モンスーン地帯の豊穣な自然は

政治システムどうなろうと残っている。

そこに多くの人は軸足を移していく。

 

| | 17:38 | comments(0) | - |
或る日の成田 そして

4月8日

インドネシアからの来客。

朝に車を出して、成田空港第二ターミナルまで迎えに行く。

インドネシアに私がいた時に、お世話になったことへの返礼。

彼は、ひとりで住んでいる私のことを気遣ってくれて、よく週末に案内をしてくれた。

 

生憎の雨模様。

せっかく今年の桜は遅く、彼が来るまで残っていくれたのに、残念。

 

成田に着いても通常は東京に多くの人は直接出ていってしまう。

少しは成田という街を知ってもらってもいいだろう。

ということで成田山に彼を連れていく。

 

雨が降る中の参拝も、悪くはない。

 

 

 

 

 

 

ちょうど、お釈迦さまの生誕を祝う、花祭りが開催されていた。

 

 

 

お坊さんたちが脱いだ草履。

彼が興味を持って写真を撮っていたので、私も一枚。

彼は写真を撮るのが趣味。芸術的な視点、観点を持つ。

行動を共にしていると面白い。

 

 

お経を聞く。

心が洗われる気がする。

世間とは違う何かと結ばれる場所。

 

参道の川豊に行き、ウナギを食す。

 

 

 

タイの女の子が、お店の人に声をかけている。

どうやら首に巻いていたスカーフを何処かで無くしてしまったようだ。

お店のまわりを探してみたが見当たらない。

 

鰻と、鯉こくをいただき身体を温める。

雨に濡れて少しばかり寒い。

 

 

 

4月16日

ソメイヨシノは散ってしまったが、八重桜はまだ咲いている。

 

 

千葉寺の桜を今年は見逃した。

今日、行ってみたが、残念ながら散っていた。

枝垂れ桜がかろうじて、本堂の前に彩を添えていた。

 

今日は第三日曜日。

どうやら骨董市が開催されるようだ。

境内にシートを敷いて、骨董というよりガラクタが置かれている。

福助があれば、と思ったが残念ながら売っていなかった。

 

 

| 日常 | 17:28 | comments(0) | - |
本のメモ 佐野眞一 宮本常一が見た日本

NHK人間講座のテキスト本。

日本中を、歩く、見る、聞く。宮本常一。

 

この歳になると、日本を知りたくなる。

そして、なんと言っていいのか分からないが、

この歳になると、歴史が近くなる。

不思議だ。

 

以下メモ

・昭和8年3月 帆船日天丸で播磨高砂から豊後佐賀関までの船旅に出ている

>高砂から船が出ていたことを知る。

・明治維新後、「解放令」が出されながら、かえって差別意識が強化、固定化されたのは、

明治政府の中枢のいわゆる閥族が、薩摩、長州など西日本の人々によって多数占められたこととも

関係があるのではないか、彼らはいい家から嫁をもらっ出世の足がかりにしようとする母系的な慣習を

ひきずった結果、それを広めることになったのではないか。

 

人間臭さを感じる、宮本常一、佐野眞一の本をしばらく読もう。

| | 16:25 | comments(0) | - |
ほんのメモ 橋本治 たとえ世界が終わっても

 

EU離脱 

もう大きいものは無理

 

ヨーロッパは強い力で一つになることはできない

 

経済圏が大きい方が有利、大きければ勝者になれる

という考え方は19世紀の帝国主義の時代に確立したもの

 

西洋人の征服欲は彼らが長い間東洋に対して感じていた恐怖心、コンプレックス。

 

85年 プラザ合意 日本を先進国の仲間として認めてやるということ

欧米以外で日本が初

消費税導入、物品税廃止 「いるかいらないかを考えないで安いんだから買えばいい」

91年 ソ連邦崩壊 

92年 バブル経済崩壊

 

80年代で何が変わったといって、日本人の食生活が変わった。

 

そもそも保護主義の何が問題なのか

19世紀黒船が来たのは市場の開放

イギリスが中国に仕掛けたアヘン戦争はたちが悪い

 

貿易の自由化は輸出できるものを持っている方が勝ち

高齢化する第一次産業を守る方が重要

 

ドイツにとんでもない借金をさせて結果的にナチス・ドイツみたいな

全体主義を生み出した国はアメリカ

 

日本人は売れる車を作らなくちゃ

と考えるのに、

アメリカは

物をつくるのだめだから、ITと金融の方に金儲けの中心移しちゃお。

と考える

 

人工知能の活用で生産性を大幅に向上させる。

仕事がなくなると労働者は消費者をやれなくなる。

お客さんがいなくなって、産業だけ発達する。

 

まるでウロボロスの蛇

企業が競争を生き残り、利益を上げるために、テクノロジーの進歩や、

産業の海外移転を進めた結果、国内の雇用が減り、人の働く権利は奪われていく。

 

 

| | 08:42 | comments(0) | - |
本のメモ 植島啓司 聖地の想像力

聖地。パワースポット。

人を魅了してやまない聖なる場所。

なにゆえに人は魅せられるのか?

何気ない日常でも知らぬ間に惹かれ、ときに束縛されるその謎。

 

以下メモ。

 

ジェイムズ・スワン、聖地の類型。

 

1.墓所・霊園

2.浄めの場

3.癒しの場

4.聖なる植物や動物の場

5.石切りの場

6.天文観測台

7.聖堂・寺院・聖像

8.史跡

9.霊的に生まれ変わる場所

10.神話や伝説の場所

11.ヴィジョンを得、夢見を行う場所

12.岩の芸術の場

13.豊饒性あふれる土地

14.太陽が昇る儀礼を行う場所

 

1900年2月14日

名門女子校の女生徒疾走事件。

映画にもなり1975年「ピクニックatハンギングロック」

 

物事はみな、始まり、そして終わる。定められた時と場所で。

 

聖地というのはほとんどが地質学的な境界線上に置かれている。

石が聖地のメルクマールとなる。

 

生物としてぼくたちは潮の干満のしくみつながっている。

 

天河。高野山、吉野、熊野と結んだネットワークがあった。

 

聖地の条件

1.聖地はわずか1センチたりとも場所を移動しない。

2.聖地はきわめてシンプルな石組みをメルクマールとする。

3.聖地は「この世に存在しない場所」である。

4.聖地は光の記憶をたどる場所である。

5.聖地は「もうひとつのネットワーク」を形成する。

 

神籬(ひもろぎ)や磐境(いわさか)が神社の起源。

それらは天体ともよく結びついていた。

 

聖地は重力と反重力とがバランスしたラグランジュ点

 

人間は通常20ヘルツから2万ヘルツまでの周波数をキャッチできるようになっている。

子供や女性の泣き声に相当する周波数にもっとも敏感に反応する。

中世の教会のパイプオルガンに2万ヘルツ以上の音を出す鍵盤が備えられている。

 

| | 00:29 | comments(0) | - |
4月初旬の日本

今年の桜は遅いと皆が言う。

去年は3月で桜は終わっていたと口をそろえる。

このちょっとしたずれがあるのが、オモシロイ。

 

去年の今頃はインドネシアに居て、桜を見ることはなかった。

SNSでアップされる遠い国の桜をただ見ていた。

今年は日本に居て、桜をじっくりと見ることができた。

日本の桜の美しさ、春の気持ちよさを堪能できた。

 

四季があることで感情が豊かになる。

去年とは逆になって、遠い南国で自ら亡くなった友を思い浮かべる。

桜が彼の地にあれば、彼は死ななかったんじゃないか?

桜の美しさ、儚さを見たら、人生の尊さを感じたのではないか。と。

 

六義園。

 

 

大きな枝垂桜がライトアップされている。

多くの人達が、桜の前に集まって感嘆している。

 

 

この日は月が美しく、桜を別の角度から照らしていた。

 

桜だけでは無く、ライトアップされた庭も美しい。

池にもうひとつの美が映る。

まるで、もうひとつの世界が池の中にあるかのようだ。

 

 

目黒川の桜。

池尻大橋から中目黒まで。

池尻のあたりは桃色で、中目黒の方は白い。

 

 

 

多くの人たちが川沿いをゆっくりと歩く。

ゆっくりとゆっくりと。

手をつないで歩く老夫婦の後姿は微笑ましい。

 

 

多分、東京近郊では今年最後の桜。

香取神宮へ。

 

 

門前町から鳥居を見るのも美しかった。

 

 

 

雨と靄の中で鎮座する本殿。

神秘的な空間。

 

 

浅草へ。

スカイツリーにも行ったが、残念ながら雲の中。

外を見ても全くの白の世界。

 

 

その後に浅草、隅田川へ。

スカイツリーはやはり雲の中。

 

 

 

 

今戸神社へ。

すでに閉まっていた。

猫を祀る神社で、一匹の猫が座っていた。

なんだい。もう今日は終わったよ。

 

 

夜の浅草寺へ。

 

 

 

 

 

4月9日 大粒の雨が降る。

柴又へ。

 

 

 

 

冷たい雨が降る。

この雨がきっと桜を散らすだろう。

 

増上寺へ。

雨の隙間。

 

 

 

 

花びらが地蔵につく。

桜の涙。

 

 

 

 

 

 

 

| | 23:16 | comments(0) | - |